下町の踊り子たち

神戸に、それも下町の商店街に、日本のコンテポラリーダンスのメッカがあるのをご存じでしょうか。
名前はダンスボックス。
場所は長田です。コンテンポラリーという言葉が、いかにも似合う北野町や旧居留地ではなく、お好み焼きのにおいと、おばあちゃんがつっかけを履いて歩く街、長田です。そこに日本各地から、世界から、ダンサーが集まってくるのです。
港都神戸150年芸術祭。アート観光船内でのダンス

 大正から昭和初期にかけて大繁華街だった長田ですが、時代とともに繁華街は三ノ宮へ移り、阪神淡路大震災では壊滅的な被害を受けました。長田は今もまだ復興の途中です。ダンスボックスの劇場はそんな長田の一角である、大正筋商店街にあります。
大正筋商店街


だから僕も、こんなところに、世界のダンサーが集まる舞台があるとは、ついぞ知らなかったのです。
組織は20年前に立ち上がりました。2009年に大阪から神戸に移転して、留学生受け入れも6期目となります。

アートは様々で千差万別。しかも昨今は、津々浦々で地域アートが大流行。どこで誰が何をやっているやら、すべてを知ることなど、とうていできません。
でも、いいものを見てみたい。出かけてみたい。常々思っていますが、行ってみれば「いったいこれは何か?」と首をかしげる展示も多いのです。
コンテポラリーダンスというものを見たことがなかった僕にとって、公演は期待半分でしたが、驚いたのです。知らなかった分野の感動に連れて行ってもらえたからです。

下舞芸術祭最終日公演KOBE-Asia Contemporary Dance Festival 山下残『伝承』
photo:junpei iwamoto

扇の要にアフリカからやって来た長身のダンサーが立ち、自由気ままに振りをする。それをアジア、ヨーロッパ、南米から集まったダンサーが模倣する。踊ってみて、「違う」と声を発す。最初からはじめ、次を探す。
感性がぶつかりはじめ、フリージャズのような身体表現が連鎖する。しかし、なかなか「合わない」。
ダンス留学生6期生9人による舞台です。
photo:junpei iwamoto


しかし合わない中、ダンサーたちの呼吸が交じりはじめ、新たな振りが生まれてきます。その瞬間をダンサーも観客も体験することになります。元々それぞれの文化の中でダンスをしてきたダンサーたちです。独自のスキルを発揮し合い、発見をし、共有を見出していくのですが、フリーならばこその雑音だらけのようなダンス。

「出てきた振りに意味を持たせるわけでもありません。振りからは言葉が紡ぎ出もするのですが、言葉も決定的ではないのです」
こんな舞台でした。

不条理劇でもあり、ジョン・ケージによる音楽のようでもありました。
ふむふむ。わかったような、わからないような。
とはいえ、心地よい気分となったのです。
なかなかよかったね、と、隣席の観客と話し合ったりしました。



演出の山下静さんは面白いことをやっている人らしいです。(プロフィールは下の紹介へ)

コンテンポラリーダンスとは何か?
「様式というものがどこから生まれてくるのかを、踊る中で発見し、新しい民族舞踊を産み出そう、という実験だから」だそうです。

え、そうなの?
今までのないものを産み出そうとするのが「伝承」ですか?
人を食ったタイトルじゃないのですか?
僕の理解不足でしょうか。

解説によれば、
表現は茶化しでもあって、解釈は千差万別でいい。議論の種になることもウェルカムです」
ということでした。
photo:junpei iwamoto

とにかく、いちばんよかったのは本気度が伝わってきたことです。
本気のアートはいい。本気とは一途。媚びることがない一心不乱な表現です。

前衛芸術とは、既存の芸術を排除することからはじめるのかもしれません。既成概念の排除は、自らの芸術の動機となる最初の要素になるからです。そして、その考え方はいまや芸術家だけのものではありません。ますます複雑になる社会全体の捉え方になっています。
たとえば、良品画のMUJIによる世界での継続的な成功は日本らしさをあえて排除することで成立しています。日本らしさを外国人にとして成果の出ないクルジャパンにとって、耳を傾けるべき教師なのです。

コンテポラリーダンスはお好み焼きを食べ、洗面器を持って銭湯へ行き、帰りに「踊りでも観るか」という娯楽じゃない、とは今までの概念。
観て参加すれば、つながる何かが落ちている。

長田の腕塚町に、半年先しか予約の取れない超人気レストラン「川島しょう店」があります。予約が取れないのに、毎夜、銭湯帰りのおばあさん3人づれがやって来ます。湯気を立てたまま入ってきて、空いてもいない席に座り、大きなワイングラスで店主オススメのワインを飲みはじめるのです。
すばらしきミックスカルチャー!


ダンスボックス神戸には滞在して学ぶプログラムがあります。日本各地から、世界から、長田へ移り住んで生活をはじめながら、ダンスボックスは街の人たちとともに作り上げるイベントを、たくさんやっています。留学生たちはこの地で暮らし、イベントにも参加し、下町の踊り子となって馴染んでいます。

ダンサーたちに訊ねてみました。
「ここで暮らしてみてどうなの?」
返事は一様に「楽しい」。


神戸の街は、震災から完全に立ち直ったとはいえません。
被害がひどかった長田では、20年を経て行政機関の新庁舎建設がはじまります。
1,000人規模の公務員が勤務をはじめ、昼間人口も増えます。
それは大きなきっかけですが、街を育てるのは役所ではありません。
街を支えるのは経済であり、経済を支えるのは人であり、人をささえるのは、それをはぐくむ文化です。
文化は豊かさを生む舵となるからです。
世界の人が「行ってみたい」と思う街を作りましょう。日本らしさを意識して肩肘張る必要はありません。街に来ればそこには昔から暮らす人たちがいます。下町は日本が誇るべき都市型の里山なのです。自然体で寄り添えば、芸術は街と一緒に育ちます。

下町の踊り子たち。
鉄人ともども、応援していきたいと思いました。

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「伝承」
古今東西、ダンスの伝承の現場には涙と汗が染みつき、真摯さと神妙さのなかに滑稽な一面が顔を出す(時もある)。そのような、零れ落ちるような瞬間を掬いとり、決して舞台上に現れることのなかった師匠とダンサーとのやり取りを、大胆にも舞台上で再現します。アルゼンチン、イスラエル、オーストラリア、トーゴ、日本から成る国内ダンス留学@神戸6期生それぞれの個性が突き抜けます!

演出 山下残
振付家。代表作に、100ページの本を配り観客がページをめくりながら本と舞台を交互に見る「そこに書いてある」、本物の線路の上で断片から成る世界の事象をつぶやく「大行進」、インターネットレッスンを通じてバリ舞踊を習う「悪霊への道」、伝承の現場を疑似ドキュメントする「左京区民族舞踊」などがある。


ダンスボックスは劇場「ArtTheater dB神戸」を運営しながら、様々なかたちで地域社会と連携しています。
舞台で表現することにとどまらず、アーティストの育成事業や国際交流事業、地域における教育や福祉、まちの活性化等、
様々な文脈のなかへ活動範囲を広げています。
コンテンポラリーダンスがどのような状況を生み出していくのか。この小さな劇場からどのような世界が広がっていくのか。
常に新しい価値観を生み出すための種を蒔きつづけたいと考えています。


これからの公演

1)国内ダンス留学@神戸6期【NEWCOMER/SHOWCASE4】「平原慎太郎振付作品」
1221日(木) 2000
トヨタコレオグラフィーアワードを受賞した新進気鋭の振付家の作品です。

2)【ダンスボックス・ソロダンス・シリーズvol.2】寺田みさこ「三部作」
119日(金)200020日(土)190021日(日)1500
クラシックバレエから様々な活動にひろがって活動をされているダンサーを、振付家3名がそれぞれにソロダンスを振り付ける、という3部作構成の作品です。


NPO法人DANCE BOX
653-0041 神戸市長田区久保町6丁目1番 アスタくにづか4番館4
TEL: 078-646-7044 / FAX: 078-646-7045












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