幼児がえりと心

「認知症」の母が77歳で逝った。
逝ったと言うより「果てた」という言葉が似合うような最期だった。
まわりに迷惑をかけまくっていたが、
本人の頭の中は無邪気な幼児の心・・花園になってたんじゃないかと思う。
ペットと同じ。
可愛いと思えば可愛い、ウザいと思えば果てしなくウザい。
自分のしたいことしか言わない。
やりたいことはそれが泥棒であれ、破壊であれ、脳が命じるまま行動に移す。
一年前、完全に世間と折り合いがつかなくなり、行政命令の形で病院送りとなった。

人間の場合は愛で支えられない部分がとても多い。実の親ならなおさら。
愛してやりたい。できるだけの事は誰でもしたい。
でも限界がある。限界をはるかに超える。

母の場合はもともとの性格である「気にしぃ」が増幅して
不安神経症になり、自律神経失調症も重なり、
同時に物理的な脳の破壊が進んで、回復することなく最期まで突き進んだ。
末期の二週間は食べることを拒否した。
担当医もどうして食べないのか不明だと言ったがそのまま二週間絶食し、
からだから脂肪とタンパク質が抜けきって心臓が止まった。
老衰状態までからだをすり減らし、そして果てたのだ。

連れ合いと、仲がよかった妹と矢継ぎ早に亡くし、がっかりしていた。
うつ〜神経症〜認知症と進み、最期は妄想へ逃避したのかもしれない。

死に顔はとても安らかだった。
永遠の夢を見てほしい。

心ってなんだろう。心はどこへ行くのだろう、といつも考える。
答えはないし、誰かに答えを求めようとも思わない。

今を精いっぱい生きよう。
Live this moment
最期に「いい人生だった」と言うために。
合掌 

コメント

  1. 「今を精いっぱい生きよう」がこころに響きます.お察し申し上げます.

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