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11月, 2010の投稿を表示しています

青空の下で限定本販売中

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今日11/28(日)も青山コモンズ(都会の里山:青山)。国連大学前で開催。天気も快晴。
青山ブックセンターさんの「こいわらい」限定本販売ブースも営業。僕もおりますヨ。15:30からはNHK「ドラマこいわらい」の追加上映会。観たい方は書籍ブースを訪ねてください。では、お待ちしてます。

メグルと大阪散歩

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大阪にメグルを連れて行きました。といっても「こいわらい」のポストカードを、道頓堀のグリコの前にかざしてみただけですが、これが面白い。AR(アナログリアリティ!)です。次はくいだおれ。くいだおれ人形は健在。大阪といえばフグ。づぼらや。たむけんがいた。こういうのにいそがしい芸人さんですな。そのあとは酒好きのメグルを連れ、法善寺横町へ。まだ明るい!

ほろ酔いで心斎橋。クリスマスイルミネーションとこいわらい

幼児がえりと心

「認知症」の母が77歳で逝った。
逝ったと言うより「果てた」という言葉が似合うような最期だった。
まわりに迷惑をかけまくっていたが、
本人の頭の中は無邪気な幼児の心・・花園になってたんじゃないかと思う。
ペットと同じ。
可愛いと思えば可愛い、ウザいと思えば果てしなくウザい。
自分のしたいことしか言わない。
やりたいことはそれが泥棒であれ、破壊であれ、脳が命じるまま行動に移す。
一年前、完全に世間と折り合いがつかなくなり、行政命令の形で病院送りとなった。

人間の場合は愛で支えられない部分がとても多い。実の親ならなおさら。
愛してやりたい。できるだけの事は誰でもしたい。
でも限界がある。限界をはるかに超える。

母の場合はもともとの性格である「気にしぃ」が増幅して
不安神経症になり、自律神経失調症も重なり、
同時に物理的な脳の破壊が進んで、回復することなく最期まで突き進んだ。
末期の二週間は食べることを拒否した。
担当医もどうして食べないのか不明だと言ったがそのまま二週間絶食し、
からだから脂肪とタンパク質が抜けきって心臓が止まった。
老衰状態までからだをすり減らし、そして果てたのだ。

連れ合いと、仲がよかった妹と矢継ぎ早に亡くし、がっかりしていた。
うつ〜神経症〜認知症と進み、最期は妄想へ逃避したのかもしれない。

死に顔はとても安らかだった。
永遠の夢を見てほしい。

心ってなんだろう。心はどこへ行くのだろう、といつも考える。
答えはないし、誰かに答えを求めようとも思わない。

今を精いっぱい生きよう。
Live this moment
最期に「いい人生だった」と言うために。
合掌

Macbook Air11かiPad・・について

買う気満々で、アップルストアにMacbook Airを触りに行った。小さくて軽いのに、旧来のネットブックみたいな存在の軽さはない。じつにしっかりと、そこに存在している。触ってみて際だったのがiPadとの違い。サイズ的に「どちらを買うか?」と、思う人も多いとは思うが、この二つは別物。「体験レベル」が違うんですよ。Steve Jobsが言うことに、リアルに納得。
Macbook Air 11はタテは短いが幅はじゅうぶん。画面の狭さを意識しない。それで1kgちょっとで¥88,800。お店のスタッフも言っていたが、価値と価格のバランスで、これまでのベストパフォーマンスだと思う。iPadはiPadで、A4プロセッサーに最適化されたSafariはPCのブラウジングよりず〜と早い。ほんと、よくできてる。
Macbook Air 11とiPadは最安値モデルが僕的にはベストチョイス。先に発売されたMacbook Proのプロセッサーが上級仕様、あとで出たMacbook Airが1.4mhにもかかわらず最新SSDでアクセスが高速なのはバランスがとれていて、3ヶ月前にMacbook Pro13 を買ったばかりなんですが、買ったことを後悔させない。(先のMacbook Airを買った人は悔しいだろうけど、あれを先物買いで買った方はお金持ちが多い=僕の友人達もそういう人ばかり=また買うだけ)
・・)
この3台は気持ちよく使い分けられる。ProにAdobe系と編集ソフトを入れ、Macbook Airはネット端末、iPadは愉しみの小道具。
「こいわらい」の電子書籍が今月末発売になる。まずはアップルのiPhoneとiPadで出す。

書きかけの原稿はDropboxに置いているので、持ち歩く端末にかかわらず書き続けられる。
完成品をクラウドに置いておいて、読む経験を共有する時代も目の前にやってきた。

楽しくて仕方がない。

読書体験のクラウド化

これ、すごい!
「アマゾンが Kindle の発売によって実現したのは「持ち歩ける電子書籍」です。しかし実はそれよりもはるかに重要なのが、同時に行った「本のクラウド化」です。」(マガジン航:川添歩 http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/03/19/cloud_reading/


「アマゾンは、その本のデータ(の複製)を売るのではなく、それを「参照する権利」と、データに「自分専用のデータを付加する権利」を同時に売っているので す。「本を所有すること」ではなく「読書をすること」そのものを売っているのです。したがって、より正確には、本がクラウド化されたというよりも、読書体 験そのものがクラウド化されたと言うべきでしょう。これは、本の歴史、読書の歴史にとって、とても大きなできごとです。」

そうなんですよ! さらに
「今、同じ本の同じページを読んでいる、どこかのだれか」と、読書体験を共有することができます。他人の下線やメモにコメントをすることもしくみ次 第で可能ですから、そうすると自分の読書行為がその場で「読書会」にもなりえます。誰かほかの人と、同じ時間に、同じ本を読むというのもまた、これまで日 常的にはあまり持ち得なかった読書体験として、新しい楽しみになるでしょう。」「もちろんリアルタイムでなく、タイムシフトしてもいいのです。かつて学校の図書館で本を借りると、その本に付されている貸出票には、それまでにその 本を借りた人の名前と年月日が連なっていました。それを見て、会ったことのない先輩たちに不思議な共感を覚えたものでした。読書体験の共有化は、そうした 感覚をずっと深めることになるでしょうし、同時に、同じ本への異なるアプローチを追体験することで、その本への理解もずっと深まることでしょう。」僕がとってもやりたい「書き方」に「フーガ」がある。フーガはバッハの楽曲に特徴的な構成。ピアノで言えば右手と左手があるときは強調し、あるときは別の生き物として動き、最後は見事に収束する。左手=リズム、右手=メロディーといった単純なものじゃないので、何度聞いても飽きない。文章でも「フーガ」ができると思って、いつも頭の中で組み立てては消している。もちろん、同位置平面上に書ききる文章としての完成度あってのことだけでど、クラウドみたいな、時間移動、タグ、体験の共有、というマ…