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小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流小説の作り方 その9

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福富書房 「鎌倉の怪人」第1話 怪人現る その3 おちゃぶき石・・おちゃめな言葉の響き、で謎めいた名前。
山中稲荷参道に鎮座する「オチャブキ様」は
長く風雪に晒された五重の石で、
「ちゃちゃを入れる」ということばに通じ、勢いのある神様らしいです。
古来、日本人は天と地に神様がいると信じておりました。
天の神は天にあり、
土地の神様は地にあって霊は石に宿ります。
オチャブキ様のおこりは鎌倉時代か、もっと古いものらしいですが、
古すぎてよくわからない。伝承だけです。
鎌倉には「おしゃぶき様」もあります。
そっちは風邪が治るという御利益のある照光寺境内にある道祖神。
小説に登場するのはオチャブキ石「らしき」もの。
鎌倉の面白い話、
いろいろ知り始めています。
とはいえ、どこまで行ってもワタシは旅人のスタンス。
知らないことだらけ。そんなことでよく書けるなあ
・・そうですね、その通り。
鎌倉が禅宗の街であることも、あじさい寺が明月院だということも、
北鎌倉と円覚寺が隣接していることもよく知りませんでした。
今は、にわか知識ですが知ってます。本も読んだし、いろいろ聞いたり。
そんなんでいいのか! それでええんです。
はじめて知ることだからこその好奇心。創造のスイッチがオン。
事実に妄想を足す、もっと足す、組み合わせ、ひっくり返し、回転させ、色をつけ、またじっと見て・・
実際の風景に想像を足して、事実より面白い情景を作る。
作家の特権です。
今回は地中に棲む怪人。
さてこれは誰か?
第4話で名前が出ます。

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流小説の作り方 その8

知らない時代・場所について書く基本的に1回でも訪れた場所なら情報をふくらませて書きはじめます。まずはインスピレーションとリズム。書き上がってからまた事実を確認に行くのです。そして事実を取り入れるか、想像のまま放っておくか、いろいろと考えるわけです。
入念な取材ノートを作ってから書き始める・・・記者のレポートみたいになる。そういった作風の小説の評価が高いのが世の常(*個人の意見=ワタシの偏見)ですが、ドキュメンタリーはとりこむ分量。慎重に計る。リアルもウソも描写は丁寧にします。
しかし、まったく行ったことがない街を舞台にする・・というのは無理です。ヒントはつかまないといけない。
そういう意味で、ハードルが高いのは歴史小説やSF。歴史を超えた舞台ですね。歴史小説にも挑んでますが、少し書いては筆が止まる。江戸の街なんて、なかなか絵が浮かばない中、必死で思い浮かべる。池波正太郎さんの机には江戸の古地図が張ってあったそうですね。日々地図を眺め、脳がその時代にトリップできるまで眺め続けるしかない。年季でしょうね。

鎌倉の怪人には平安時代につながる部分があります。本やらネット情報やら、参考にしています。夢枕獏さんの陰陽師シリーズも読んでますが、あくまでイメージを吸収させてもらうわけで、参考にしすぎたら盗作になってしまいます。

黒岩重吾さんは古代小説を書いています。小野小町の会話とか・・もちろんそんなの誰も聞いたことはない。資料もない。でもセリフを書いている。取材して書ける類ではない。
地図を眺めたり、インナートリップするわけですね。自分がその時代にいる感覚になれば言葉は出てくるものです。

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流小説の作り方 その7

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小説「鎌倉の怪人」連載記念
松宮流小説の作り方 その7

小説は教室で学んだわけでも、書き方本で勉強した、ということもありません。積み上げた読書経験を下敷きに、あくまで妄想のおもむくまま、ですが、「小説の書き方」本は数冊読んだことがあります。
やはり技術も必要と感じることあり、「他の作家はどうしてるのかな」と思うわけです。
で、出会いました。
スティーブン・キング(SK)の「小説作法」
なるほど、と納得しています。
だいたいSKとは好きな作家が似てるんですよ。
なんといってもエルモア・レナードとジョン・グリシャム
(ワタシはここに藤沢周平を足す)

小説家を目指す人の質問はふたつに要約されるそうで、
・何を書いたらいいのか?
・どうやって編集者(出版してくれる人)と知り合うのか?
SKは、この現実的な質問については自分で解決するしかない、と前置きしたうえで、クリエイティブについて語ります。

1.小説家を目指すために
まず大切なもの、それは想像力。
SKはこの部分を「扉を閉めて書く」と表現しています。
自らの脳みそを駆使し、言葉を生み出すのです。

2.そして「プロ」の小説家を目指すためには、
推敲(修正)における視点の持ち方と技術とが必要。
その部分は「扉を開けて書く」と表現しています。
扉の向こうに誰がいるのか?
それは読者、会ったこともない第三者です。

自らの脳みそが吐きだした妄想のまま完結した小説など誰も(お金を払って)読みません。世の中へ出すには客観性が必要なのです。読者の目で推敲する。そうするとどうなるか。単純に言えば「文章量が20%減る」のです。無駄な表現やダブりはもちろん、「こだわりの表現」と思っていた文章が、自分にしかわからない独白であったりするのです。
もちろん、残す部分もあるのですよ、表現ですからね。
でも、「扉を開けて」推敲すると、そういうの、ほとんど削除になるのです。削除後の文章を読んでも違和感もなく、意味も通っている。
それが推敲。英語ではPolish=磨く=汚れを取り除く。

推敲って、やってもやっても終わらないんですね。見直したらまた直すところが見つかる。掃除だって、徹底的にやろうとしたら終わらないでしょ。磨きまくったと思っても、次の日見たら汚れが見える。また磨く。次の日も、その次の日も。ずっと同じ。

とにかく磨きあげ、その原稿が「第1稿」です…

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流小説の作り方 その6

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ウソとホントの境。 米朝・枝雀の対談に込められてます。 芸事とはそういう事ですわ。

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流小説の作り方 その5

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こころのシャッター 物語の舞台はさまざま。なにせ脳みそがかき立てる妄想が基本なので、世界中どこへでも行ける訳です。ウソをホントらしく書くには、ホントのホントの部分を正しく書く事がとっても大事。 だから取材をします。どこまで事実に迫るかは作家の個性や目指すところによって違いますね。かぎりなくドキュメンタリーに近い作風もありますが、ワタシは想像が基本。 物理的な写真は撮っても撮らなくてもいいのです。 いちばん大切な事・・・ それは大切な風景に向かい「こころのシャッターを押す」ことです。 印象をこころに刻む。心象こそが作品の魂。 もちろん写真は撮りますよ。Googleマップも参考にするし、Street Viewなど便利便利。でもツールはツール、時に詳細な資料も要りますが、現地レポートや説明文を書く訳じゃない。 心象風景を持てるかです。 学校の勉強でもあるでしょ。黒板の文字を写すのに精いっぱいだったら、書いたことしか覚えていない。 目を閉じて浮かぶ景色。それは実際の景色であって、実際の景色じゃない。こころによって脚色(着色かな)されている。 それを物語の舞台にするのは楽しい作業です。 小説「鎌倉の怪人」はコチラ

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流小説の作り方 その4

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リズム

スティーヴィー・ワンダーが曲作りについて「詩が先かメロディが先か」という質問に「リズムが先」と答えていました。からだを揺らせながらキーボードを叩きまくってイメージを探し、何となく決まってきたらハミングやら、適当な文句やら乗せ、曲らしきものができてくる。
物語の着想も同じだな、と思ってます。
長編の場合、最初の50ページがざっと浮かぶかどうか、それが書き続けられるかどうかの境です。
ワタシの場合、その中でも最初の書き出しと、登場人物の会話が、読んでいてぐいぐい引っ張られるか、ということです。
カギ括弧の中身です。セリフですね。
セリフを書いたら、他人事のように読んでみて、面白いかどうか。これ、とっても大事。自分のノリに直結します。そして技術。
落語や漫才のネタ繰りですね。
古典芸能としてのお笑いは、台本がホント良くできてます。
ダイマル・ラケットさんの話を書き起こして研究してますが、いやはや、見事な名人芸であります。

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流小説の作り方 その3

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観察

ホントとウソのキワを想像する。
それにはまずは事実の観察。そうです観察です。
作家になれば、世の中の風景を見る自分の目が、探偵のようになっていることに気づくかもしれませんよ。ワタシもそういう切り替えのタイミングがありました。

たとえばこんな感じ。
京都の進々堂という祇園花街御用達の喫茶店へ入ったときです。友人は店内の雰囲気や壁に貼られた舞妓さんの札、扇子などを物珍しそうに見ていましたが、ワタシは仕事前で化粧気のない芸妓さんの手元をじっと見ていました。ケータイと時計を持っていない事に気づき、どうやって時間を知るのだろう。と限りない興味を持ちました。じゃあ、着物のたもとからケータイを取り出す舞妓ちゃんがいたら、それはニセ者? 特別な事情?
ま、そんなところです。いろいろ観察する癖が付くと、妙な空想にもつながるのです。

観察、観察。

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流 小説の作り方 その2 ホントとウソの境目

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安倍晴明は平安時代の陰陽師。京都・一條戻橋には高名な安倍晴明神社があります。鎌倉時代になり、時の政権が陰陽師の力を借りようと、京都から清明の石を運びました。ところが時代を経て、清明石は紛失。しかし昭和になり、鎌倉街道を造成中に地中から石が見つかり、3つに分祀したそうです。
この物語で出てくる清明石のかけらは、3つに石を分けたとき、怪人が端っこをちょっとだけ拝借して持っていたもので、陰陽師安倍晴明直々の「呪(じゅ)」がかけられているものです。
まるで史実みたいですが、ホントと創造ソの境目です。
ポイントは、ほとんどが本当の話で、分祀の際にかけらを切り取った、というのが作家の創造ということです。
ホントかウソかわかりません。誰も見てないから。ウソとも言えないでしょ。

どこでそんなことを思いつくのか? とはよく聞かれますが、日々何らかの「ホントとウソの境目」を考えていることは確かです。

このテーマは深いので、何回か書いていきます。

小説「鎌倉の怪人」連載記念 松宮流 小説の作り方 その1

松宮流 小説の作り方

その1
登場人物の名付けについて

主人公のひとりである駅員 松本富五郎(とみごろう)ですが、
この名で松本留五郎(とめごろう)を思い出す人はいますか?

松本留五郎とは、桂枝雀の落語「代書屋」に出てくる「とめ」こと留五郎です。
「鎌倉の怪人」の主人公の名前は、代書屋にやってきた、文盲なのに陽気な職人を思い出し名付けました。

富五郎は留五郎の一本気な職人気質を受け継いだキャラになってます。意識して受け継いだのか、自然とそうなったのか、書いている本人も微妙なとことですが、そういうのが、書く楽しみであるのです。

登場人物をどう名付けるか?
自分が生きてきた実際の経験や読書経験、また芝居や映画で出会った人物やら・・いろいろです。
語感は特に大事ですね。名は体を表します。逆に名がたいそうで、たとえば剛蔵という名のやさ男とか、効果も考えますね。
ま、付けた名で自分が面白がれるかどうか、それがいちばんです。登場人物とは長いつきあいになりますから。

「燻り亦蔵」で外人をいっぱい登場させたときは、アメリカ人でシナリオを書いている友人に見てもらいました。登場人物のプロファイルを整理し、候補となる名前をもらいました。ジョージア州出身の58歳の政治家、その友人のFBI長官、その娘、彼氏となるポーランド系ユダヤ人、イタリア系マフィアの殺し屋、NYU出身の新聞記者とか、さすが、日本人では出てこない苗字がいろいろありました。チェンバレンとか、カニンガムとかヘイスティングスとかギルモアとか。

そうやって唯一無比の名前をひねり出すのですが、と言って、途中で変更することもあります。名前を検索して一括変換なんてね。書きながら、名前につながる伏線が見つけることがあるからです。そういう意味では初期設定は何でも良い、と言うことにもなるのですが、そうではない。名付けたからこそ主人公が走り出す、ということがまずは基本なんですよ。
主人公といっしょに走る、その感覚が長編を書く醍醐味で、他に換えようのない喜びであるからです。
「こいわらい」のメグルとは走り出して10年以上。いい名前を見つけたと思っています。
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小説「鎌倉の怪人」連載開始しました。











北鎌倉駅の通称洞門山の地中には複数の洞窟があるという。今は閉ざされて見えない。戦時中の防空壕として掘られたものもあるが、鎌倉幕府時代から存在する洞窟もあるようだ。だれがどのように掘ったのかも定かではない。今は「好々亭」の赤門がある一本の隧道のみが住民の通路として使われている。 横須賀線を走る電車が途絶え、辺りが静寂を取り戻すと、崖の内部から穴を掘るような冷たい金属音が聞こえることがあるらしい。封印された洞窟の奥深く、陰陽道にまつわる正体不明の怪人が穴を掘り、夜ふけに鎌倉の谷戸を駆け巡るという言い伝えがあるが、確かめようもない。しかし、そのような気配が漂っているのは確かなことである。 日本万国博覧会が開催され、三島由紀夫が割腹し、赤軍派に日航機よど号が乗っ取られた昭和45年頃、北鎌倉は今にもまして静かな街であった。ある日北鎌倉駅に勤務する駅員の青年が、崖の内側から奇妙な物音がするのを聞く・・・