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メトロ・ノース

ニューヨークに住んでいたとき、メトロ・ノースでマンハッタンへ通勤していました。事故は人ごとではありません。神戸の地震でも身にしみましたが、運命なんて紙一重。毎日を精いっぱい生きるしかない。またもや思う次第です。
 ところでこのメトロノースですが、通勤と言ってものんびりしたものです。ラッシュと言ってもしれている。必ず座れます。アメリカ人達はコーヒーカップを 片手に乗ってきます。駅に改札は無し。車内検札です。しかしよく止まるのです。照明がつかなかったり、エアコンが効かなかったりは普通。でもその時は他の 車両に移ればいい。それでみんなやりくりしている。一度、列車が全く動かなくなりました。その時はどうしたか。アメリカ人達は車掌に尋ねたり、めいめい電 話したり、新しい情報をゲットすれば、車両で声を上げます。日本みたいに友達にメールしたりは二の次。その場にいる人間で最善を探ろうとします。
 結局電車は動かず、隣の線路に後ろの列車がやってきてました。列車との間に板を渡して、全員移動。そこに乗っていた乗客達と、また新しい会話がはじまりました。
 アメリカ人はよく喋る。喋って助け合って、そうやって国が出来たのですね。

原爆雲に花を

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イタ友(イタリア人の友人という事)、クラウディオ・コルッチが
キノコ雲の形をした花瓶を作った。 
その花瓶に花を活けよう。 
意味深長だ。 
ところがユニーク形のキノコはみんなの想像力を呼び覚ました。
 クールでいて、とても優しい時間になった。
 場所は住吉智恵さんのところ。
恵比寿の本屋NADIFの3階にあるTRAUMARIS。

雲。
空気中の水蒸気の結晶。
空に浮かび、風に流され、刻々とかたちを変える。 
これをガラスで表現したい。
クラウディオは金型を作らず、
ガラス職人さん達の手作りにゆだねた。
製造を請けたのは東ヨーロッパのガラス工房。 
職人がクラウディオのスケッチを心にすり込む。 
ガラスを熱する。
 熱いガラスに息を吹き込み、回しながらキノコを作る。
 キノコひとつ、ふたつ、みっつ、よっつのもある。 
雲は自然の必然でもくもくと空に昇っていくが、
造形は偶然だ。 
過去未来、どれとして同じカタチはない。
 作り方はできるだけ自然を模倣する。
さて、花を活けてみよう。
花瓶の口は小さい。
技術的にはココがポイントかも。
活け花教室じゃない。
指導役の中村俊月先生はあんまり教えない。
「自由自在の活け花です。既成概念はいりません」
僕はど素人なので、ブーケの組み方っをちょっとだけ習った。
「花卉は用意しています。プラスワン、何か持参を」
智恵さんのメッセージが届いていたので、僕は福助とミーとナミと鉄腕アトムを持っていった。

一緒に参加したアートディレクターのフクトミさんはカリフラワーを持っていった。
こんなものをつくろう、とか考えていたわけじゃない。想いにまかせ、僕は雲よっつの花器を選んだ。

できばえやいかに?




いちばん上の段、原爆雲を花で覆い尽くした。
その下に、神様として福助を置いた。
天上の花から木々が垂れ下がる。神は森にいる。
一番下の段、赤い花びらにナミを寝かせた。
花の色は流れた血かも知れない。
ナミの上にはミー。ミーはメディアだ。
神と人間をつなぐ。ミーに嘘はつけない。
花瓶の横に立つのは鉄腕アトム。科学の子。
アトムは森の巨人となるかもしれない。
そしてナミはいつか眠りから覚める。どこへ向かうのだろう。




皆保険の幸せ、アメリカで救急車で運ばれた経験。オバマケアを想う。

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アメリカが皆保険制度でもめて公共機関が閉鎖する状況になっていますが、皆保険という制度、日本では水か空気みたいに標準化していますが、世界ではぜんぜんそんなことはないのです。私達、本当に幸せなんですよ。  ふと、僕がニューヨークに住んでいたとき、救急車で運び込まれた病院を検索してみました。そしたら閉鎖していました。Portchester Hospital。ニューヨークの北部、ウエストチェスター郡にあります。お金がなくなって破綻したそうです。こぎたない病院だったけど、救急搬送された僕を受け入れてくれた懐かしい場所です。  当時家族でHarrisonに住んでいました。職場はマンハッタン14丁目ユニオンスクエア。会社の社長を解任された(これはこれで大事件だった)。翌日、仲間と3人でソーホーあたりのレストランで夕食中、経験したことのない痛みが襲ったのです。家にいるヨメに電話をして「今から帰るから病院を探してくれ」と言って、グランドセントラル駅から電車に乗りました。Harrisonまで40分。 尿道結石でした。死に至る病ではなかったけれど、世界3大ペインと言われる痛さの極致。
 這うようにHarrison駅で降りました。近くに「Westchester Hospital(上等の総合病院)がある」とヨメは言いました。英語もしゃべれないけど調べたみたい。しかしふと「ちょっと待て。いったん家に帰れ」と言ったのです。痛さは絶叫もだったのですが、自分の医療保険でその病院の診察が受けられるか確かめないと・・と思い当たったわけです。
 これがポイントだった!家に帰りパソコンを開き、保険証のIDとパスワードでログイン。するとどうでしょう。その病院は対象外! 要は自費です。
 すでに夜の10時、痛みは局地を越え地獄に踏み入っている。死んでしまう!
 病院を検索する。Portchester Hospitalが次ぎに近い。電話をかける。南無三。
「開いてますか?」「うちは24時間営業だよ」
と黒人女性っぽい発音。ヨメの運転で(アメリカ免許取り立てだったが、こういう経験の積み重ねで運転技術は上達)病院に到着。
 どこの病院でもカバーしている保険もあるけれど、そういうのは掛け金が高い。入れるのは金持ちか大きな会社の社員。
 僕が社長をしていた会社も最初は「いい保険に入ろう」と健康保険もデンタル保険(アメリカでは歯医者は別保険…

寡作の作家

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フロスト警部の生みの親、RDウイングフィールドは寡作の小説家だった。1984年の「Frost at Christmas」でデビューし、フロストシリーズを6作書いて2007年に亡くなってしまった。あぐもちゃんに「フロスト警部面白いよ」と紹介されたのが今年の2月だったので、ウイングフィールドはもはやこの世の人ではなかったことになる。とにかく自分の趣味に合う話だったので、全部読んでしまった。最新版「冬のフロスト」(翻訳版)は2013年に発売されたばかりだが、未翻訳の1冊を残してシリーズは終了してしまった。残念。

ざっとどんなシリーズかと言えば、イギリスの警察小説だ。フロスト警部はイギリスの田舎町デントン警察署の警部で、ざっと言えば、ロサンゼルスのコロンボのイギリス版。よれよれのコートに、くわえタバコ、整理整頓できず、皮肉屋で空気を読まないジョークはさっぱり面白くない。捜査に勘を持ち込んでいつも失敗するが、最後は何とかなる。見た目コロンボ、やっていることはクルーゾー。愛すべき人物。


もう一回「クリスマスのフロスト」から読み返そう。次がないんだから仕方がない。


実はわたし、寡作の作家にあこがれている。年に5冊も6作も書く作家も尊敬に値するが、目指すところではない。何を甘いことを言っている、書け書け、と心は作家の怠慢をつつくが、多作家になるにはどうしたらよいのか、今のところ不明だ。
好きな小説は何度も読み返す。私の場合はグリシャムの「ペリカン文書」、レナードの「アウトオブサイト」、司馬遼太郎の「龍馬が行く」、藤沢周平の「蝉しぐれ」、クリスティーの「茶色の服を着た男」は読み過ぎで粉砕しかけている。
いっぱい書けても書けなくても、何度も読み返したくなるような話を書きたい。
「夜明けのフロスト」(光文社文庫)の巻末解説に「ウイングフィールドが寡作であるのには深い理由があるのかもしれない」とある。
その理由を知りたい。と思うが、ご本人はあの世だ。
自分で考えてみるしかない。

最後の一徹は振り下ろしちゃいけない

アメリカがシリアに軍事介入寸前と報道され、「くすぶり亦蔵」の主題をあらためて考えました。 暴力に暴力で応えても新たな暴力を生むだけ。最後の一徹を振り下ろしちゃいけない。
物語にワールドトレードセンター崩落の悲劇が登場します。 そして作中でジャック・ジャクソンのセリフ。 これを書きながら僕はニューヨークの黒人警官ジャックと一体になっていました。 「でもね、人のこころは帝国主義になんてなっていないんです。ニューヨークは変わりました。本当に人がやさしくなった。みんな、あきらめの境地から希望を引っ張り出した。その気分が街全体を覆っている。だから思うんです。報復はだめなんですよ。テロは憎い。しかし犠牲になるのはいつもふつうの人たちなんです。テロとは戦わないとならないけれど、戦争はだめだ。最後の一轍は振り下ろしちゃいけない。国家は民衆に悲劇をもたらしちゃいけない。国家を戦争へと向かわせちゃけない。でもアメリカは戦争へと突入した。国としての判断です。世論も強いアメリカを支持した。僕は下っ端だけど官僚で、戦争反対のデモに加わることはできない・・・だから、警官としてできること、一般人としてできること、アメリカ人としてできること、アメリカがしなくてならないこと・・」 ジャックは日本語に英語を半分くらい混ぜながら、息もつかせずしゃべっていたが、ふと止まった。太く黒い指は、銀色に光るスプーンをさまよっている。「しなくてはいけないことを、いつも考えている・・・」

 単行本のあとがきは「寸止めの余韻」としました。
 サッカーのワールドカップでジダンの頭突きを見たとき「寸止め」という、この小説の主題が自分の中であらためて浮かび上がってきました。 長い人生の中で、また、さまざまなイデオロギーが混じり合う世界との関係性の中で、個人が、あるいは国家が、最終決断を迫られる場面は幾度となくあることでしょう。そしてそれがギリギリの選択だったなら・・個人の名誉をかけたもの、国家の威信をかけたもの、命をかけたものなら答えはふたつしかない、YESかNOか、撃つか撃たないかです。 アメリカがアフガニスタンへ向かったとき、ほとんどのアメリカ国民は賞賛の声を上げました。しかしそれは正しい決断だったのか? 世界は広く、報復することも信心の一部として教えられる原理や主義もあり、行動はさまざまです。  しかし信念に基づいた決断なら必ずそ…

こどものように

こどものように、その日をはじめての日だと思って生きよう。
世界は自分の手の中にある。

出会いの多い日。

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中州にある某ラウンジの女の子と仲良しになって、今日、福岡ではぜひお祝いしよう(小説発売時期なので)と前から楽しみにしていたのですが、ひと月以上連絡が途絶えていました。なにかあったか、と思っていたら昨日の久々に便りが来て、予感通り、いろいろなことがあり、仕事を(昼も夜も)辞めて実家へ帰るというのです。お水の女の子が突然いなくなるのは、ままあることかもしれないが、シビアにいいろあったらしい。
 今日はメールで彼女とやりとりをくり返し、人生を語り合いました。 一字一句こころに沁みました。人生、さまざまなカタチがある。いい友達なのですよ彼女、マジな話。でも、もう二度と会うことはないだろうなあ。彼女は消えました。

   彼女とゴハンにいけない、ということにもなり、博多の炭火焼き鳥屋文徳の大将に「今夜行きます」電話しました。ぜひお越しを、ところが夕方に連絡があり、相方が体調不良で仕込みができず、やむなく臨時休業するというのです。じゃあ仕方がないか、とあきらめたが大将、少しだけでも話がしたいと熱い声。お店には一度行っただけなのですがこの大将、藤沢小説のファンで、僕も実は大好きで、と前回話をしました。すると、東京へ戻った次の日すぐ電話があったのです。深夜の業務終了後、徹夜で「くすぶり亦蔵」を読破し「興奮して眠れない」と熱いまま電話をくれたわけです。 でも臨時休みです。「仕方がないね」。でも博多駅で小一時間空きがあると言ったらすぐ来るというんです。大丸百貨店4階のファッションフロアにあるELLE CAFEで待ち合わせしました。たまたまそのフロアにいたので目の前にある喫茶店に入ったのですが、ひとりで席に着いたら、なんとそこにアクアガールの笠原さんがいるではないですか。「あれま、なんて奇遇!!」。
 そこにジャージー姿の焼き鳥屋の大将が駆け込んできた。ELLE CAFEのお客様は全員女子。 いい景色でした。いやはや、楽しい。

 そこから九産大に移動し、ファッションとデザインの特別講義をしました。夜は先生達とメシ。 一時間かけて天神まで帰ってきました。
 夜はとっぷり更けています。 疲れたけど、いい日です。

期待に応えねばというか自分の問題。人生の問題。

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「くすぶり亦蔵 秘剣こいわらい」好評発売中です。
昨日は紀伊國屋書店梅田本店におじゃまし、いっぱいサインしました。50冊ほど。今日から店頭に並びます。なくなり次第終了:先着順(僭越ながら・・^_^;)
梅田本店は5カ所で大展開中です。 入口の横のホットスペース(いちばんのオススメゾーン)、文庫新刊スペース。レジ前の文庫版オススメ強化ゾーン、そして講談社文庫ゾーン3カ所。
 亦蔵もメグルもたいへんであります。

次作が楽しみと言ってもらえる方も増え、と言うか自分がどんな次を書くのか、それがいちばん楽しみなのですが、当然ながら書くのは自分です。年に最低2冊は書きたい・・が・・となると、どうやって時間をひねり出すか。真剣に考えております。創作は95%下書き下書きの連続、いや99%下書きです。万年筆を原稿用紙に走らせ、一筆書きのように決めていくような達人ではありません。書いて修正、書いて修正、果てしなくつづく土木工事。 時間が必要。
もう片手間ではできんなあ。
何で小説を書いているか?
楽しいから。
読んでよかったと言ってくれる人がいるから。
とはいえ、いちばんは、書きたいことがあるから、 です。 
楽しいこともむずかしいことも書いていきたい。

一日24時間、一年365日。 時間をどう過ごすか、自分の人生をどうしていくのか、・・考えております。

本日は福岡へ行きます。
ばりファン、とわざわざ電話をくれた、博多の焼き鳥屋の大将にも会いに行きます。

「人生は出会いのくり返しや」(田上源助)
たのしき哉、人生。

書店さんと

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書店の方々はプロの読者です。気に入ったら評価するし、ダメならさっさと消す。発売後の書店店頭を見に行くのはドキドキものです。そこには明らかな評価がありますからね。


物語を書き上げ、それを面白がってくれる方と出会うのは生きる喜びです。作家の栄養源。タンパク質、炭水化物、脂肪。
さて、生きる喜びを感じたところで、今日も書きます。
明日もあさっても、
書き続けるわけです。

「くすぶり亦蔵:秘剣こいわらい」店頭デビューしました

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「くすぶり亦蔵:秘剣こいわらい」デビューしました。予想以上にいろいろな書店さんに置いてもらっています。中には前作「秘剣こいわらい」で専用棚作ってもらってそのまま占有、という涙ものの売場もあります。また今回は鉄道駅の売店とか空港の搭乗口の横とかにもあり、結構気に入ってもらったのだ、と汗が出てます(^_^;)


















 先週の金曜日、7/12(金)発売でしたが、ネット書店では発売前から予約を受け付けていました。そこでひとつわかったこと。1冊も売れていない状態でのAmazondのランキングは132万位でした。発売待ちの本が数万〜数十万あるとして、150万冊のサバイバル競争と言うことです。 書店店頭での場所取りはさらに熾烈。私の担当者(講談社:女性)に教えてもらいましたが、単行本は群雄割拠、書店の区別無し。


文庫は状況が違い、出版社が書店ごとに棚を持っています。その中でも2種類の場所「棚」と「棚前」があり、まず「棚前」(=平置き)に置かれるかどうか。ここが勝負の分かれ目です。講談社文庫の7月の新刊だけを取っても30冊近くあるので、とにかく選んでもらわなければなりません。大手書店などは自動配本で、とくに有名作家とか、無条件でいちばん前に並ぶので、ここに割って入らねばなりません。そして期間も。奥へしまわれないようにならなければなりません。ひと月以上平置きのままで維持、というのはあくまで売れ行きです。そして売れ行きの前提となるのは物語の質です。 重版もかかっていないといけないし。(重版というのは売れ筋追加、ということですが、店頭売りの数字、書店さんからの注文、もろもろの数字を管理ソフトウェアが自動的に算出するのです)






「くすぶり亦蔵:秘剣こいわらい」も店頭展3日目なので、はじめて書物を手に取る書店員さんも多いです。
「何かこんな本来よった」〜読み始め〜どこまで気に入ってもらえるか、ここにかかって来ます。








とにかく、信じて店頭展開していただいた書店さんに感謝です。
第3部は脱稿、 いよいよ大長編の第4部へ挑みます。

「くすぶり亦蔵:秘剣こいわらい」講談社文庫

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発売となりました。
ニューヨークにいる友人達に捧げます。

サムライ亦蔵は生きる意味を求めてアメリカへ行きます。
ワシントンの政治家、ニューヨークの警察、マフィア・・こどもの頃から読み続けた探偵小説、テレビドラマの思い出が重なり重なり、ここに出現しました。
20歳のメグルを用心簿に仕立てたのは僕の妄想のなせるワザですが、解説の香山二三郎さんが、剣劇小説生誕100年を記念するヒロイン登場、と書いていただいたのには感激ひとしお。
書いていて、読み返して、ホント面白い。よくこんなの書いたものです。

よろしゅう。

「くすぶり亦蔵:秘剣こいわらい」講談社文庫

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現在、校閲中です。




















単行本から文庫本へ、内容No Change=表紙とサイズ変わるだけ・・
も多々ある中、私の場合「秘剣こいわらい」に続き大幅改編。
単行本の発売が2007年〜そして2013年・・
時代の変化が登場人物の生き方や考え方に深く関わっているので、
そのあたり、ていねいに修正しています。
書き手として、あるいは読み手として、
生きている時代の物語として存在してほしいのです。
この6年間、世界は変わりました。
舞台となるアメリカも大統領がブッシュからオバマに代わり、
人々の意識も変わっています。 書き進めながら、
かつて住んでいたニューヨークに思いをめぐらせ、
飛び込んでゆくメグルの視点にもなり、双方にこころを通わせています。
秘剣こいわらいシリーズ、ワニメグルの冒険第2弾
7月発売です。

福島の野菜を食べよう

福島県産の野菜を選んで買って食べています。農家の方が困っていると聞きますので、ひとりの人間としてできることをしています。もともと僕は人間の生物としての能力を信頼するたちでありまして、そのなかでも代謝能力を信頼しています。要らないものが体内に入ったら代謝します。代謝能力が落ちない以上、異物は排出されます。健康な状態なら大丈夫です。僕はそう思っています。

以前、高校生だった息子とコンビニで牛乳を買おうとしたとき、息子はショーケースのいちばん前にあるパッケージを取りました。実はコンビニは賞味期限が先に切れる商品を前面に出し、新しいのを後ろに置きます。できるだけ製造したてのものを買いたいので後ろから取っていたのですが、息子はそれをわかっていて、あえて前面のを取っていたのです。息子は「先に消費しないと捨てられてしまうから」と言いました。ああ、と思いました。福島の野菜を買うような、意識の表面に出ていることは行動に移していても、こういった無意識、あるいはなんとなく習慣になっていることを含めると、言っていることと行動が一致していない。息子を誇りに思いました、こういったことがさも自然にできることは、とても頼もしく、これこそ地球の住民です。逆に言えば、親がその行動で若者世代に不安を植え付け、個人主義と非寛容を彼らの性格の形成要素にしてはならない、あらためてそう思うのです。
福島の農業、漁業の方、未来はもうそこまで来ています。僕も個人としてできることを続けながら、すべてが無意識、自然な動作で行えるよう、そんな人になりたいと思っています。地球の住民として。

京都の宮川町で

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昨日、京都で旅館に泊まったのですが、
朝起きたら同じふとんに舞妓ちゃんが寝ていました。
どうやって口説いたのか、まるで記憶がありません。
口説いたのか、口説かなかったのかも覚えていませんが、髪をおろした舞妓ちゃんは「せんせえ〜 おはよう」と言いながら長いあくびをしました。なかなか良い景色でした。

芸の嘘、約束事の時代性

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落語で嘘を八百並べたような話も好きですが、嘘のも時代性があると知りました。読者の感覚となって、あるいは21世紀の現代に生きる人間として「理屈に合わない」嘘が出てくるとおしりがムズムズして、何や落ち着かん、となるんですね。演者の力量にも寄るんでしょうが、枝雀落語の「子ほめ」ではこれがネタ時点で解決されていて、芸の嘘についての解説も書かれています。(枝雀落語大全三十集。枝雀さんみずからの解説)

「小説における正直は文体を補ってあまりある」が黄金道です。となれば芸の上での嘘といっても「時代感覚に添って正直に修正」する必要があるわけです。
「子ほめ」では甚平さんが主人公に年齢のほめ方を伝授します。 相手が四十五やったら四十、五十なら四十七、六十なら五十七とかふたつ三つ若く言えと教える。 道で会った伊勢谷の番頭に「何歳ですか?」「四十歳や」「なに、四十歳のほめ方は習うてない」で、立ち往生して「ちょっとの間、四十五になって」と頼む。初期の語りではこうなっていますが、現代ではここまでの「アホ」がなかなかいないので不自然になる危険性があるわけです。語り口によっては「この男、このくらいの応用がきかないのか」といらいらしながら聞いてしまう。 語り口のリズムで解決するか、ひと言挟むか・・理屈を付けて筋の通るものにしないかん。
枝雀さんがどうしたかと言えば、 甚平さんが前振りで「子供の場合は1歳でも2歳に見えると言った方がいい場合がある」と言わせておいて、 番頭に「四十や」と言われたとき「えーっ、四十て上に言うたらええんやろうか」と来たら「四十は上に言うのがいいか、下に言うのがいいか」わからん、と悩ませ、とりあえず「四十五歳」の場合ははっきりしているので「ちょっとの間、四十五になって」とお願いする。 とした。 と解説してます。これでお尻もムズムズしません。

小説創作講座やります。

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第1稿、第2稿、第3稿、4,5,6・・永遠に終わらん。 何の話かと言えば、小説の書き方のお話です。 第1稿は「オールストリートドラフト」、 第2稿が校正。 そして3が仕上げ、と理屈ではそういう順序ですが 校正は何度やっても終わらんのです。 手書き、直しもほとんど無し、一発OK、という作家もいらっしゃると聞いていますが ワタシにとっては神の業。どうやったらそんな領域に踏み込めるのか 皆目わかりません。 わからないので、何度も何度も書き直します。 確かに、書き直すたびに新しい発見もあったり、それはそれで楽しいのですけどね。 (ちなみに「秘剣こいわらい」は25稿ほど) そんなことも含め、土曜日に京都でしゃべります。
東山にある霊山正法寺。
京都でいちばん夕陽がきれいに見えるお寺での「夕陽を観る会」で 
小説創作講座をさせていただきます。
 みなさん、おこしやす。
 じゃない、はじめての方もOKですので、おいでやす、でした。

「今まで読んだことのない小説」と言ってもらえる幸せ

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福岡です。 よかとこです。 いつ来ても何か、気持ちがあたたかい。 天神の丸善ジュンク堂さんで「秘剣こいわらい」が積んでありました。 担当のYさんが「今まで読んだことのない話」と主張して50冊積み そしてクラフトワークのような手書きPOP。 メグルの棒も画用紙で工作。 「おお、いい感じ」「そうですか、えへ」 書店員さんの「今まで読んだことのない話」という評価はうれしい限り。 小説を書こうとしたきっかけが「読みたい物語がない」「じゃあ自分で書こう」 と言うことでありますので、共感者の登場には痛く感謝。 理想の読者に巡り会える幸福 何で書いているかといえば、まさにここ。 新しいスタイルの物語を見知らぬ読者が発見し、楽しんでもらえる。気分はほかほかあたたかい感じ=福岡的(?)
メグル、九州も走れ。

秘剣こいわらい(講談社文庫)発売2ヶ月目で好調

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本日は東京〜横浜の東海道線沿線の書店さんをまわりました。
とにかく、
この物語を読んでいただいた書店の方はどかんと店頭に積んでくれます。
みんなメグルのファンです。
ワタシ自身、自分の物語に中毒になったのでありますが、
なまじ自己満足でもなく、
ひとえに、
それは主人公のメグルの魅力であります。




























































作者としてはまだまだ三文文士でありますが、 女子大生剣士のメグルは今や人気者。 ワタシをどんどん追い越していく生意気娘でありますが、 みなさん、よろしくお願いします。

阿倍野ミクス 地元の書店さん

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阿倍野です。天王寺です。
大阪のいちばん濃いところ。 ワタシのほぼふるさと。 その辺で産まれて育ちました。 6月には日本一高いビルが建ち、ところが中に入るテナントが決まってないとか、 いつもながらオモロイ街です。 天王寺の駅ビル”MIO"に入っている書店旭屋さんへ行きました。 天王寺の旭屋と言えば、ワタシが歴代いちばんたくさん本を買った書店です。 小学生から大学まで、いったい何冊買ったやら。 その旭屋さんがいま 「秘剣こいわらい」を気に入って売場を作ってくれています。 3カ所で20面展開!


ベテラン書店員のKさんと写真を撮りました。
そう、写真を撮ろう、なのですが、関東では結構辞退されます。 お願いして、照れながら一枚ぱちり、というパターンが標準ですが、 関西はだいたいのっけからOK。さらに阿倍野は違います。 「写真撮りましょう」 「化粧直しするから2時間待って」 とりあえずぼけてしまう大阪人のサガ。 もちろん2時間も待たずその場でぱちり。 その明るさは命。 日本はアベノミクスで景気回復。 阿倍野こそ阿倍野ミクスでがんばりましょう。

続く