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新作小説「太秦の次郎吉」

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京都のどろぼうの話です。
このモチーフを書きたい
と思っていたところ、
「ノベルなび」から寄稿の依頼をいただきまして、
ありがたく書かせていただきました。
はじめての短編小説となりましたが、長編への幕開けでもありますね。
「ノベルなび」は物語にデバイスのGPS機能を合わせたシステムです。今のところiPhone専用アプリとなっているので、PCやアンドロイドでは読めませんが、近々、Facebook小説として掲載しようと思っています。

まずはiPhoneユーザの方、ノベルなびアプリをダウンロードして(無料)、小説を開き、
物語の舞台である京都を楽しんでください。
「京都の場所を三カ所以上盛り込む」というのが条件だったのですね。この物語は
・祇園切り通し
・北野天満宮
・太秦映画村
・右京警察署
へ舞台を移しながら進みます。


寄稿したのですが、ノベルなび大賞のひとつをいただきまして
京都精華大で行われた授賞式にも行ってきました。



賞は「森良扇子賞」で立派な祇園の金扇子をいただきました。
家に飾りましたが、差し込む光に輝いております。

本日で、2011年もシメ。
未来もこんな風に輝きたいものです。

桂枝雀のねた繰り

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小説家で居続けるためのこころがまえ、
なんぞという、永遠に解決できない話題を、
恋愛小説家の寒竹泉美さんと、
結論はないので、構えて話すまでもなく、
高台寺の坂をテクテク下歩きながら話をしていたのですが、
心構えというか生活習慣がキモで、小説を書く続ける生活を絶やさない、それ以外に道はない、書き続けることが修練、稽古となる・・
ふたりで「そうですなあ」と確認し合っておりました。
書き続けりゃ達人になれなくとも、ちょっとはマシな話が書けるようになるだろう・・
寒竹さんとはそんな文壇論議をしておったしだいです。
彼女は私にとっては初めての文壇のお友達、であります。
とはいえ、彼女は恋愛小説家で、こっちは犯罪小説家。
「犯罪小説家って、犯罪者が小説を書いてる?」
と素直な疑問も呈されましたが、
「いや、海外でクライムノベルというやつ。直訳なら犯罪小説でしょ」
私はもちろん犯罪者ではありません。
人様のモノを盗んだことも、誰ぞの首を絞めたことなんぞありません。もちろん前科なし。
これはどうでもいいですが、こころがまえをあらためて思い知らされる京都でした。

そんなことを思っていると、天恵のようなビデオに出会いました。
それがこれ。「桂枝雀のねた繰り」
枝雀さん、年がら年中こんなことやってたんですね。
芸事というモノは、のめり込んで、自分の持つすべての時間をそこへ注ぎ込む、
一心不乱な人が達人になるのです。

芸事は一生稽古。
稽古、稽古。

才能の妖精

「止まった時計になろう。1日2回、確実に出番が来る」
今日、東京フォーラムであった秋元康さんの講演で刺さった、
というか、ずっと思っていたことで、それをすっと言われた。
講演はほとんどたいした話じゃなかったが(本人もそう言っていたが)、
そこだけ、刺さった。


ずっと思っていたことで、言われるまでもなく自分の考えそのものだった。
そしてそれは最近、とみにいろんな人が言うのを聞くのです。

世界的に有名な講演では、

作家エリザベス・ギルバートのTED講演「創造性をはぐくむには」
かな。いろいろあるんだけど、最近ではこれかな。

わずかばかりの個人がジーニアス(天才)「である」のではな く、
人間はみなジーニアスを「持っている」けど、それは巡ってくる。
大ヒット作のあと、全然発想がない。ものすごいプレッシャー。
でもそれは、妖精がどこかへ旅をしているから。
あせらず、自分のやるべきことをやればいい。
そのうち妖精はふらっと帰ってくる。タイミングは制御できない。
私的だけど普遍的な考えだ。


スティーブ・ジョブズ
他人の人生を生きることはない。
自分の道を行きよう。
stay hungry stay foolish


そして、NHK
松本人志の大文化祭

たとえば誰かが何気なくした行為を、おもしろいと気づいてしまう。
でも他人はそれを、全然おもしろいと思わなかったり、気づきさえしない。
自分の笑いって何? 
自分がおもしろいことがおもしろい・・
枝雀さんはまじめだから、真剣に悩んだんだろうな・・と思いながら。


みんな、考え方は同じ道の上にある。


エリザベス・ギルバートが講演の最後で締めくくった。
僕も思うのです。

ダンサーなら踊りなさい、作家なら書きなさい、料理人なら料理をしなさい。
ふと気づけば、旅の途中にある才能の妖精がそばで休んでいる。


止まった時計になろう。
追いかけない。自分のやるべきことをやろう。
自分の時間は確実に来る。


ですね。

たったひとりの顧客に愛想尽かされないように

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「顧客は誰か」が最初にくるのがデザイン
「自分の作りたい物を作る」のがアート
座談会(京都TADhttp://www.facebook.com/Tech.Art.Design)での意見を平均化すればそういう話でした。
で、平均化ってどう? である。
作家にとっては、そんなのは意味ない。
「作家は書きたいこと書き続ける以外に道はないし、それでいい」
作家で生きぬくか、デザイナーとして顧客に向かうか、おおざっぱに言えば二者択一。

でも、そのこころがどんな色をしているかと、想ってみれば、けっこう同じ色。
脳みその妄想をカタチにしたような、他人に理解不能なアートであるにせよ、第三者(=顧客)に評価されてはじめて(気に入れらたり、批判されたり・・)作品は社会性を持つ。
そんなの無視、、無視という如何に自己チューなアーティストでも、内面には、「顧客」が欲しいと思う、飢えに似た欲求がある。
作品って、時代とともにあるから、時代を代弁してほしいのよ。

でもそれはマス狙いとは違う。
マスは結果であって、目指すものではない。
マス受けを狙うものは作品じゃなくて商品だ。商品を作るマーケッターでありマーチャンダイザー。
作家は書きたい物を書く、作りたい物を作る。
それがどのくらいの大きさの範囲に届くのか、届けたいのか、
100万人なのか500人なのか?
自分サイズってどのくらい?? マーケティング的に言うと、クリティカルマスを定めよう。
最初サイズのマスはひとり。
そのサイズが居心地がいいならそれでいいじゃん。心の満足は最大サイズになるはず。

ヴォルフガング・イーザー ドイツの比較文学者「行為としての読書」
「内包された読者」という読者モデル。読者がどんな性格か、年齢は、教養は、そんなことは一切考えない。実在するかどうかも考えない。作品そのものがその中に持っている読者。作品に反応するために必要な全部の条件をもった読者。「読者=理想の顧客=自分自身」

「私は誰かのために作品を作っているんじゃない」
誰かじゃない者=自分自身
最低でもたったひとりの顧客=自分自身がいる。


そこからスタート。
たったひとりの顧客に愛想尽かされないように。



TAD会場となった元立誠小学校。高瀬川の流れがすずしい。

手探り、震災後の文学

という記事が日経新聞に出ていた。作家を職業とする人は感受性が強い。強すぎることもままある。こころが耐えられず、壊れるぎりぎりのところで立ち往生する。大災害の後、書けなくなる作家が多いと、記事にあった。出版済みの本も書き直さずにはいられない。変わってしまった現実と書いてしまった表現のミスマッチが耐えられない。気持ちは、いっぱい、わかる。僕の2作目「燻り亦蔵」はニューヨークを舞台にしていたが、書いている途中に同時多発テロが起きてツインタワーがなくなり、世界が変わった。大統領はクリントンからブッシュへ替わり、アフガン戦争からイラク戦争へアメリカは突き進んだ。亦蔵とメグルを取り巻く世界も、登場するニューヨーカー達の意識も変わった。テロ前に出版していたら、物語の浅はかさひきずり、後悔は深かったと思う。書き直せてよかった。登場人物多胎のセリフに、変化の後のこころを込めることができたからだ。僕は、書けなくなることはない。なぜって、新しい世界には新しい出会いがある。新たなドラマがいっぱいはじまるから。悲しみの数より、生きていてよかった、と思うことのほうがずっと多いし、時間が止まることはないから思い出はこれからも積み上がっていく。美しい瞬間をみつけながら、これからも筆をとる。

扉を開けて隣人とつきあおう

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扉を開き、心も開き、隣人とつきあうことが、
いざというとき、かけがえのない助けになる。
地震で助け合いの大切さ、ありがたさが改めてわかった。
「隣は誰が住む人ぞ」
都心の、扉を閉め関わりを避ける生活スタイルはさびしい。
それは結局リスクを増やす。未曾有の災害を前にし、間違いだったと気づいた。
東京の人間関係はさびしい。
そんな東京のメンタリティーが標準となった日本はさびしい。
個人主義、事なかれ主義、密室主義。
政治もそう、東電もそう、情報公開もそう。
東京は世界でいちばん寂しい都会になっているのかもしれない。
宮城で、岩手で、福島で見た、肩を寄せ合い避難所を運営するつながりの深さ。
人は基本的に優しい。求めれば返し、返し合う。

「東京標準」が人の心を砂漠化させている。
まだまだ日本人は大丈夫だ。でもシステムは変になっている。
変えよう。変えられる。
そのための地方分権、若者の海外体験、コミュニティ参加。

街へ出て人と話そう。
ひとりひとりが心を開くことの大切さに、ひとりひとりが気づいた今こそ、
国のシステムを変えられる時。
政治の役割だが、政治家が行動しない日本は、民の役割と認識し、
ひとりひとりが、できることをはじめないといけない。
それが国を変える力になる。
扉を開け、隣人と話そう