2010年12月22日水曜日

松島遊郭のクリスマス



とてもきれいな映像。
次の順番の女性も、
かたわらで客を呼ぶ、やり手ばばあも、
幻想の中に浮かんでいるよう。

2010年12月21日火曜日

「こいわらい」電子ブック
iTunes App Storeで売り出され、
自分でも電子デバイスでの読書体験開始しました。
自作が最初の電子ブック体験となっているわけです。

で、
気づいたこといろいろ。

1.物語に入り込むと、読書体験そのものは紙と同じ
2.ほとんど移動中に読む
3.それは3G環境である
4.なので、リンクなど時間がかかる仕掛けはめんどくさい
5.とはいえ、デジタルならではの楽しい仕掛けもほしい

という感触・・ということもあり、

昨日マガジンハウスの方々とミーティングし
アプリをアップデートすることにしました。


とりあえず読んでいただいて、アップデートでどこを変えたか、
見ていただくのも一興かも。


あとから来る作家の方にも、参考になる変化かと思います。

もちろん。アップデートは無料配布です。

2010年12月19日日曜日

大阪ミナミのこころ

大阪のミナミで宴会。
日頃東京にいると、この町の人なつっこさ、懐かしさは、
こころが忘れていたものを一気に思い出させてくれる。

















ビールを飲まない若者が、初ビールに挑戦。
泡がおいしいと言うと、店員が何度も泡だけを継ぎ足した。
東京ではあり得ん。






















焼肉屋のテレビは「えみちゃんねる」。出演希望のタレントが東京でも順番待ちをしている。


















ミナミのど真ん中にあるホテルモントレ・グラスミア。29階。1泊8~9千円でこの景色。

月いちは、大阪ですな。
いっぱい、栄養補給

2010年12月14日火曜日

いい人生だったと言える記憶。そのために生きよう

一緒に働いていた同僚が亡くなった。
ほんとに、すぐ横で働いていた仲間だ。
突然死で、原因はわからない。
週明けに会社に来たら、もうこの世にいなかった。

人生、まだやることはあったろうに。最期に何を思ったのだろう。


昨夜、NHKの番組プロフェッショナルで「山谷の街で命によりそう」を見た。
流れ流れて山谷
、自分の人生を卑下する事しかできなかった老人が、励まされ、
ずっと忘れていた笑顔をとりもどす。
いい事がなかった人生の最期に、
帳尻をちょっとだけでも合わせるため、
ホスピスがお手伝いをする。
かぎりなくやさしい話だった。


しあわせってなんだろう、とよく考える。

私の小説「はるよこい」のあとがきに、しあわせの事を書いた。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
 のし上がりと没落の物語を書き進めながら、この小説の主題を何度も問い直した。  
 ひとのしあわせってなんだろう、ということである。
 阪神大震災のその日、僕は東京へ向かうため、JR垂水駅で立っていた。明石海峡を臨むその駅は、まさに震源地に立つ駅であった。
まだ日も昇らぬ早朝、5時46分。海峡の方向が鮮やかな緑色に光った。少なくとも僕の中には光の記憶がある。とんでもない「何か」が海のほうから来た。「何か」は轟音とともに大槌の一撃を駅に食らわせ、一瞬で僕の背中の方へ抜けていった。一歩たりとも動くことさえできない大爆発。土けむりがしょわーっと立ち上り、闇が残された。
 僕は生きていた。震源地なのでウエーブがまだ小さかったらしい。それがどんな規模のものかはまったくわからなかった。あとで、同僚の夫婦が亡くなったことを知った。多くの仲間が言葉にならない経験をした事も知った。
 我が家のマンションは、何とかがんばって立ってくれていたが、家の中は食器や瓶や本やおもちゃやら、あらゆるものが吹っ飛び、ふとんで寝ていた妻とふたりの息子に降り注いでいた。妻は絶叫していたらしい。
 そんな状況であったが、息子達は元気だった。三歳になる長男は、「ウルトラマンが来た」と目を輝かせて騒ぎ、一歳の次男は全く動じず、熟睡していた。
 朝日が差し込みはじめた部屋にそんな風景があった。それはこころが痛いほどいとおしく、可憐な景色だった。「生」とはあまりにもみずみずしい。

 地震の経験で得たのは「人生は一度きり」という、ピュアでシンプルな気持ちだ。
 せいいっぱい生きて、悔いのない人生を送らねばならない。

 物語が完成に向かう頃、西洋漢方の権威、リカルド・レニャーニさんと巡り会った。場所はモロッコのマラケシュである。語り合ううち、リカルドさん夫婦の物語を知った。妻のマッダレーナ・シストさんはファッションイラストの世界的権威であるが、残念なことに、前年亡くなられていた。
リカルドさんは研究者として多くの成果を残し、多くの命を救った。にもかかわらず、たったひとり、癌になった最愛の妻を救えなかった。彼はその一事を激しく悔い、人生をリセットた。経営する会社を全部売っぱらい、植物の種を研究する旅に出たのである。アフリカはその旅の途中だった。
 リカルドさんは今、ミラノの郊外で、かつて提督の屋敷だったという広大な家に住んでいる。城のような住まいはともかく、暖炉に薪が燃える研究室で、還暦の男が少年のまなざしに戻って種を見つめている。こころの命ずるままに生きることを選んだのである。

 この物語に登場する薬屋、IT長者、やくざの親分、街金勤めのサラリーマン、さまざまな生き方、死に方がある。他人から見れば異端、狂気に見えるかもしれないが、ひとは、そのこころに添って生きればすなわち、しあわせである。
 地震から17年経つが、この気持ちは僕のこころに根付いている。

 しあわせ、ふしあわせはこころの問題である。
 死ぬとき、持っていたいのはこころである。
 良い人生だった、と言える記憶である。
 そのために生きよう。そう思う。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 もはや冥界にいる君に願う。
 小さなことに右往左往しながらも、なんとか生きている。
 そんな我々を、そこから見ていてくれ。

 そしてまた、どこかで会おう。

刀剣女子へ

小説「秘剣こいわらい」 主人公メグルの持っている棒は、鴨川の土手で拾った「流木」、かと思いきや、実は500年前からそこに落ちていた桜の古木と判明。長さ40センチ。脇差の長さです。メグルは選ばれた剣士。棒を持てば無敵。川又新三は賀茂河原に住みながら、剣術の稽古をする。真剣を使...