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松島遊郭のクリスマス

とてもきれいな映像。
次の順番の女性も、
かたわらで客を呼ぶ、やり手ばばあも、
幻想の中に浮かんでいるよう。
「こいわらい」電子ブック
iTunes App Storeで売り出され、
自分でも電子デバイスでの読書体験開始しました。
自作が最初の電子ブック体験となっているわけです。

で、
気づいたこといろいろ。

1.物語に入り込むと、読書体験そのものは紙と同じ
2.ほとんど移動中に読む
3.それは3G環境である
4.なので、リンクなど時間がかかる仕掛けはめんどくさい
5.とはいえ、デジタルならではの楽しい仕掛けもほしい

という感触・・ということもあり、

昨日マガジンハウスの方々とミーティングし
アプリをアップデートすることにしました。


とりあえず読んでいただいて、アップデートでどこを変えたか、
見ていただくのも一興かも。


あとから来る作家の方にも、参考になる変化かと思います。

もちろん。アップデートは無料配布です。

大阪ミナミのこころ

イメージ
大阪のミナミで宴会。
日頃東京にいると、この町の人なつっこさ、懐かしさは、
こころが忘れていたものを一気に思い出させてくれる。

















ビールを飲まない若者が、初ビールに挑戦。
泡がおいしいと言うと、店員が何度も泡だけを継ぎ足した。
東京ではあり得ん。






















焼肉屋のテレビは「えみちゃんねる」。出演希望のタレントが東京でも順番待ちをしている。


















ミナミのど真ん中にあるホテルモントレ・グラスミア。29階。1泊8~9千円でこの景色。

月いちは、大阪ですな。
いっぱい、栄養補給

いい人生だったと言える記憶。そのために生きよう

一緒に働いていた同僚が亡くなった。
ほんとに、すぐ横で働いていた仲間だ。
突然死で、原因はわからない。
週明けに会社に来たら、もうこの世にいなかった。

人生、まだやることはあったろうに。最期に何を思ったのだろう。


昨夜、NHKの番組プロフェッショナルで「山谷の街で命によりそう」を見た。
流れ流れて山谷、自分の人生を卑下する事しかできなかった老人が、励まされ、
ずっと忘れていた笑顔をとりもどす。
いい事がなかった人生の最期に、
帳尻をちょっとだけでも合わせるため、ホスピスがお手伝いをする。
かぎりなくやさしい話だった。


しあわせってなんだろう、とよく考える。

私の小説「はるよこい」のあとがきに、しあわせの事を書いた。

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 のし上がりと没落の物語を書き進めながら、この小説の主題を何度も問い直した。  
 ひとのしあわせってなんだろう、ということである。
 阪神大震災のその日、僕は東京へ向かうため、JR垂水駅で立っていた。明石海峡を臨むその駅は、まさに震源地に立つ駅であった。
まだ日も昇らぬ早朝、5時46分。海峡の方向が鮮やかな緑色に光った。少なくとも僕の中には光の記憶がある。とんでもない「何か」が海のほうから来た。「何か」は轟音とともに大槌の一撃を駅に食らわせ、一瞬で僕の背中の方へ抜けていった。一歩たりとも動くことさえできない大爆発。土けむりがしょわーっと立ち上り、闇が残された。
 僕は生きていた。震源地なのでウエーブがまだ小さかったらしい。それがどんな規模のものかはまったくわからなかった。あとで、同僚の夫婦が亡くなったことを知った。多くの仲間が言葉にならない経験をした事も知った。
 我が家のマンションは、何とかがんばって立ってくれていたが、家の中は食器や瓶や本やおもちゃやら、あらゆるものが吹っ飛び、ふとんで寝ていた妻とふたりの息子に降り注いでいた。妻は絶叫していたらしい。
 そんな状況であったが、息子達は元気だった。三歳になる長男は、「ウルトラマンが来た」と目を輝かせて騒ぎ、一歳の次男は全く動じず、熟睡していた。
 朝日が差し込みはじめた部屋にそんな風景があった。それはこころが痛いほどいとおしく、可憐な景色だった。「生」とはあまりにもみずみずしい。

 地震の経験で得たのは「人生は一度きり」という、ピュアでシンプルな気持ちだ。
 せいいっぱい生きて、悔い…