2015年9月5日土曜日

小説「まぼろしのパン屋」発売


 

小説「まぼろしのパン屋」徳間文庫
第1話「パン」サラリーマンに奇跡が降臨する話。第2話「焼肉」焼肉屋のおばあさんがどろぼうをつかまえる話。第3話「おでん」姫路のヤンキーが豆腐屋の婿になる話。




















食べ物を背景にした短編集です。
第1話「パン」
サラリーマンに奇跡が降臨する話。舞台は神奈川県大和市つきみ野。
第2話「焼肉」
焼肉屋のおばあさんがどろぼうをつかまえる話。舞台は神戸市西元町
第3話「おでん」
姫路のヤンキーが豆腐屋の婿になる話。舞台は姫路

生きていればいいことはある。がんばっていれば、きっと誰かが見ている。精一杯生きる人たちに拍手を。
いろいろな人に出会って紡ぎ上がった話ばかりです。

2015年2月27日金曜日

5days of art Challenge on Facebookに「短片」15話連載。


Facebook

100〜150文字の極小小説やってます。アーティストの福富弘人さん Fukutomi Hirohito​からバトンを受けてスタート。
福富さんは妙に可愛げのある挿絵も置き土産にしてくれまして、
第1日目は「渡世」。
私はその筋の人ではありません。小説読みまくり、映画見まくっただけですが、ある日空港の売店で「実話時報」という、その筋を読者にする雑誌に出会いまして、特に、雑誌の常設「相談コーナー」に大きな感銘を受けました。その筋の業界に入った若い人の悩みを兄貴分が答えるというもので、質問も異次元だし、答がまた異次元。それに触発されたお話です。
「面白い」と思った方はぜひ「シェア」してください。
「こんな話、読みたくないわ」と言う方も居られるでしょうが、そこは平にお許しください。短すぎる短編です。あっという間に喉元過ぎます。ちょっとのご辛抱。

5days of art Challenge on Facebookは、ノミネートしてくれたアーティストと ノミネートしたアーティストをタグ付けして行く、バトンリレー。アメリカではじまって、いま世界を回っています。

2015年2月11日水曜日

小説「鎌倉の怪人」地元ミーティング


 
物語は「北鎌倉駅の青年駅員と女子高生が、山を削って乱開発に着手しようとする不動産会社に対し自然破壊に 怒る鎌倉の山の地下に住む精霊(カモノタダユキ)と力を合わせ、この開発を断念させる」と言う冒険小説ですが、北鎌倉開発の現実とオーバーラップ、創造が現実に寄り添う事態になっているようです。この度、松尾鎌倉市長にご案内する機会をいただき、もっと大きな視点で街の発展についての話をしました。
そしてこのあと、地元チームの方と飲みに行きました。
この物語を鎌倉の発展にも寄与させたい。 階段を一段ずつ上るように、地元の方々といっしょにこの物語を完成させていきたいと思っています。

小説「鎌倉の怪人」
前半部分はWEBで公開中です。
福富書房へどうぞ。



2015年1月17日土曜日

1/17日。この日に思うこと。

毎年書いていることですが、
続けることが大切です。
思いを冷やさないためにも


1月17日。
人生に対する考え方を
大きく変えた日。
後年出版した
小説「はるよこい」
あとがきに、
その思いを書きました。
読み返しながら、
また、がんばろう
と言う気持ちになっています。




はるよこい(PHP出版)

あとがき

 のし上がりと没落の物語を書き進めながら、この小説の主題を何度も問い直した。  
 ひとのしあわせってなんだろう、ということである。
 阪神大震災のその日、僕は東京へ向かうため、JR垂水駅で立っていた。明石海峡を臨むその駅は、まさに震源地に立つ駅であった。
 まだ日も昇らぬ早朝、五時四十六分。海峡の方向が鮮やかな緑色に光った。少なくとも僕の中には光の記憶がある。
 とんでもない「何か」が海のほうから来た。「何か」は轟音とともに大槌の一撃を駅に食らわせ、一瞬で僕の背中の方へ抜けていった。一歩たりとも動くことさえできない大爆発。土けむりがしょわーっと立ち上り、闇が残された。
 僕は生きていた。震源地なのでウエーブがまだ小さかったらしい。
 それがどんな規模のものかはまったくわからなかった。あとで、同僚の夫婦が亡くなったことを知った。多くの仲間が言葉にならない経験をした事も知った。
 我が家のマンションは、何とかがんばって立ってくれていたが、家の中は食器や瓶や本やおもちゃやら、あらゆるものが吹っ飛び、ふとんで寝ていた妻とふたりの息子に降り注いでいた。妻は絶叫していたらしい。
 そんな状況であったが、息子達は元気だった。三歳になる長男は、「ウルトラマンが来た」と目を輝かせて騒ぎ、一歳の次男は全く動じず、熟睡していた。
 朝日が差し込みはじめた部屋にそんな風景があった。それはこころが痛いほどいとおしく、可憐な景色だった。「生」とはあまりにもみずみずしい。

 地震の経験で得たのは「人生は一度きり」という、ピュアでシンプルな気持ちだ。
 せいいっぱい生きて、悔いのない人生を送らねばならない。

  物語が完成に向かう頃、西洋漢方の権威、リカルド・レニャーニさんと巡り会った。場所はモロッコのマラケシュである。語り合ううち、リカルドさん夫婦の物 語を知った。妻のマッダレーナ・シストさんはファッションイラストの世界的権威であるが、残念なことに、前年亡くなられていた。
リカルドさ んは研究者として多くの成果を残し、多くの命を救った。にもかかわらず、たったひとり、癌になった最愛の妻を救えなかった。彼はその一事を激しく悔い、人 生をリセットた。経営する会社を全部売っぱらい、植物の種を研究する旅に出たのである。アフリカはその旅の途中だった。
 リカルドさんは今、ミラノの郊外で、かつて提督の屋敷だったという広大な家に住んでいる。城のような住まいはともかく、暖炉に薪が燃える研究室で、還暦の男が少年のまなざしに戻って種を見つめている。こころの命ずるままに生きることを選んだのである。

 この物語に登場する薬屋、IT長者、やくざの親分、街金勤めのサラリーマン、さまざまな生き方、死に方がある。他人から見れば異端、狂気に見えるかもしれないが、ひとは、そのこころに添って生きればすなわち、しあわせである。

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 地震から20年経つが、この気持ちは僕のこころに根付いている。

 しあわせ、ふしあわせはこころの問題。
 死ぬとき、持っていたいのはこころである。
 良い人生だった、と言える記憶である。
 そのために生きよう。そう思う。

松宮 宏

2015年1月8日木曜日

謹賀新年

本年もよろしくお願いします。
倒れていても立ち上がれる。
汗をかこう。
前を向こう。
力がみなぎれば出会いがあり
出会いはまた力になる。

2015
新年

刀剣女子へ

小説「秘剣こいわらい」 主人公メグルの持っている棒は、鴨川の土手で拾った「流木」、かと思いきや、実は500年前からそこに落ちていた桜の古木と判明。長さ40センチ。脇差の長さです。メグルは選ばれた剣士。棒を持てば無敵。川又新三は賀茂河原に住みながら、剣術の稽古をする。真剣を使...