扉を開けて隣人とつきあおう

扉を開き、心も開き、隣人とつきあうことが、
いざというとき、かけがえのない助けになる。
地震で助け合いの大切さ、ありがたさが改めてわかった。
「隣は誰が住む人ぞ」
都心の、扉を閉め関わりを避ける生活スタイルはさびしい。
それは結局リスクを増やす。未曾有の災害を前にし、間違いだったと気づいた。
東京の人間関係はさびしい。
そんな東京のメンタリティーが標準となった日本はさびしい。
個人主義、事なかれ主義、密室主義。
政治もそう、東電もそう、情報公開もそう。
東京は世界でいちばん寂しい都会になっているのかもしれない。
宮城で、岩手で、福島で見た、肩を寄せ合い避難所を運営するつながりの深さ。
人は基本的に優しい。求めれば返し、返し合う。

「東京標準」が人の心を砂漠化させている。
まだまだ日本人は大丈夫だ。でもシステムは変になっている。
変えよう。変えられる。
そのための地方分権、若者の海外体験、コミュニティ参加。

街へ出て人と話そう。
ひとりひとりが心を開くことの大切さに、ひとりひとりが気づいた今こそ、
国のシステムを変えられる時。
政治の役割だが、政治家が行動しない日本は、民の役割と認識し、
ひとりひとりが、できることをはじめないといけない。
それが国を変える力になる。
扉を開け、隣人と話そう


避難所の中学校の校庭で、綱引きをして遊ぶ子どもたち宮城県東松島市、佐藤慈子撮影 朝日新聞社

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