芸の嘘、約束事の時代性

 落語で嘘を八百並べたような話も好きですが、嘘のも時代性があると知りました。読者の感覚となって、あるいは21世紀の現代に生きる人間として「理屈に合わない」嘘が出てくるとおしりがムズムズして、何や落ち着かん、となるんですね。演者の力量にも寄るんでしょうが、枝雀落語の「子ほめ」ではこれがネタ時点で解決されていて、芸の嘘についての解説も書かれています。(枝雀落語大全三十集。枝雀さんみずからの解説)


「小説における正直は文体を補ってあまりある」が黄金道です。となれば芸の上での嘘といっても「時代感覚に添って正直に修正」する必要があるわけです。

「子ほめ」では甚平さんが主人公に年齢のほめ方を伝授します。
相手が四十五やったら四十、五十なら四十七、六十なら五十七とかふたつ三つ若く言えと教える。
道で会った伊勢谷の番頭に「何歳ですか?」「四十歳や」「なに、四十歳のほめ方は習うてない」で、立ち往生して「ちょっとの間、四十五になって」と頼む。初期の語りではこうなっていますが、現代ではここまでの「アホ」がなかなかいないので不自然になる危険性があるわけです。語り口によっては「この男、このくらいの応用がきかないのか」といらいらしながら聞いてしまう。
語り口のリズムで解決するか、ひと言挟むか・・理屈を付けて筋の通るものにしないかん。

枝雀さんがどうしたかと言えば、
甚平さんが前振りで「子供の場合は1歳でも2歳に見えると言った方がいい場合がある」と言わせておいて、
番頭に「四十や」と言われたとき「えーっ、四十て上に言うたらええんやろうか」と来たら「四十は上に言うのがいいか、下に言うのがいいか」わからん、と悩ませ、とりあえず「四十五歳」の場合ははっきりしているので「ちょっとの間、四十五になって」とお願いする。
とした。
と解説してます。これでお尻もムズムズしません。

芸事の嘘も「時代と折り合いをつける」わけです。言葉で説明してみると「折り合い」なんて何やら難しく聞こえますが、自分自身も現代に生きているわけで、「読者として」気持ちが寄り添うそうように書けばいいわけです。

この情況、書きながら頻繁に出くわします。でうまくやれねば。
枝雀師匠、またひとつ勉強になりました。



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