芝浜とこいわらい

1998年頃のことだ。
ニューヨークで俳優を目指していた友人のマサが、「芝浜」を英語劇にしていた。
公立中学校でのボランティア上演。
彼は上演後、生徒達の前で座談会をして、芝居を締めくくる。

「芝浜」はこんな話だ。

あらすじ
裏長屋に住む職人の勝五郎は、腕はいいが酒好きで怠け者。
その勝五郎が芝浜の魚河岸で財布を拾う。
一目散に長屋に帰り、中身を数えると42両入っている。
勝五郎は大喜びで酒を飲み寝てしまう。
翌朝、女房に起こされ仕事に行くように言われる。
「金持ちになったんだから仕事をしなくてもいい」
「なに馬鹿なことを、夢を見たんだろう」
財布を拾ったのが夢で、家は貧乏のままらしい。
すっかり反省、改心し仕事に励む。
もともと腕はいいので、信用もつき、評判も上がり、
3年で表通りの店を構えるほどになった。

3年後の大晦日、女房が打ち明け、拾った財布を出してくる。
勝五郎は激怒するが、自分への愛とわかって得心する。
女房は勝五郎に
「お前さん、本当にがんばった。もういいよ。好きな酒をおやり」
永く断っていた酒をすすめる。勝五郎、杯を口に運ぶがやめる。
「よそう、また夢になっちゃいけねえ」



「これは、アルコール中毒患者が更正した話だ。君たちの親がもしアル中やドラッグ中毒だったら、君はどうやって立ち向かうんだ?」
当時、公立中学はひどい地区にあるのも多く、家庭的に問題を抱える生徒の比率も高い。
問いかけられた生徒が手を上げる。
「親が売人だ。俺は見張りを頼まれる。どうしたらいいんだよ」
生徒達は実際、そんな家庭環境で育っている。
いつも、切実な議論になるという。

「私たちは直接君たちを助けてやれないが、ドラマを届けることはできる。何かを感じて、前に進んで欲しい」



マサからこの話を聞いた頃、「こいわらい」はいったん完成していて、
知り合いの編集者とか、もちろんマサにも読んでもらっていた。
今思えば、話の骨格はできていたけど、自分勝手で浅い話だった。
人生の「景色」というものがない。

マサに教えられた。
こころに響く話を書きたい。
藤沢周平さんの小説を読みふけるようになったのはマサがきっかけ。



「こいわらい」はこころに響く話になった。
そして続編へ進み、ワールドトレードセンターの悲劇を超えて生きるニューヨーカーの話「燻り亦蔵」につながった。

グラウンドゼロに立つ。ソーホー・グランドホテルの窓を開ける。
かつて見えた、そこにあるはずのツインタワーがない。
みんな大丈夫か? 
元気でやってるか?

ぼくはそういった心情を意識し続ける人になった。
サラリーマンをやめ、アメリカにも渡り、挫折の連続、会社の倒産・・
でも何とかやっている。それは幸せなことだ。


それから12年。
「こいわらい」は書籍出版を経て、今、完成版がITunes Storeにライアンアップされている。


iPhoneで自分の作品を持ち歩ける、ってのは結構気分がいい。
それよりも、
12年の間に様々な経験をして、いい話にできたことが、
なんと言ってもうれしい。

芝浜がかかれば、また見に行きたい。

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